KATOU ICHIKOU

■ダイアリー/エッセイ/小説などのオリジナルコンテンツを掲載

チュー太郎

 歩いていると、道路の端っこでチュー太郎が死んでいた。チュー太郎は車に轢かれたようだった。頭も胴もない、なんだかわけのわからない黒いぐちゃぐちゃの集まりから、小枝みたいな小さい手足とミミズみたいな長細いシッポが、死ぬにはいささか正しすぎる角度で五方向に伸びていた。分度器と定規を使って書いた星の形みたいに正しい形だった。ウィトルウィウス的人体図みたいに建築的だったし、海賊旗のように脅迫的でもあった。つまりは、シンボルだった。チュー太郎は死んで、シンボルになった。シンボルになりたくてなったわけじゃなかった。チュー太郎は脳ミソがちょびっとしかなかったから、死にたいも生きたいもなかったし、シンボルなんて匂いもしなければヨダレも出なかった。たまたま正しい形で死んだから、シンボルになってしまっただけだった。チュー太郎のシンボルが何を象徴しているのかは、僕も脳ミソがちょびっとしかなかったからわからなかった。僕はチュー太郎のシンボルを大股で跨いで、昨日とも一昨日とも同じ時間の電車に乗った。その日から三日間は天気も良く、チュー太郎のシンボルは三日間そこに示され続けて、僕は三日間大股で跨いで、明日とも明後日とも同じ時間の電車に乗った。三日目には干からびて、ほとんど道路と見分けがつかないくらいになっていた。四日目にはなくなっていたので、本当に道路になってしまったのかもしれなかった。四日目の午後から雨が降り始めて、三日間降り続けて、四日目に雨は上がったけれど、その頃にはチュー太郎のシンボルがどこにあったのかわからなくなってしまった。これが本当にあったことなのかさえもわからなくなってしまうのには、もう一日あれば十分だろう。

月がでかいから、どっか遠くでサイレンが鳴っている。

 
 月がでかい。どっか遠くでサイレンが鳴っている。
 月がでかいから、どっか遠くでサイレンが鳴っている。月がでかい夜はみんな何かやらかすから、ウーウーウーウーとサイレンが、お前やばいぞと警告する。
 ウーウーウーウーと鳴り響くサイレンが、お前やばいぞと警告しながら走っている。みんなに言っているわけじゃない。やばい人に言っている。
 
 
 
 電信柱に「鳥をさがしています」という張り紙があった。
 
鳥をさがしています。
2017年8月31日、不注意で文鳥を逃がしてしまいました。
メスです。
くちばしが少し白くなっているところがあります。
白羽まじりの頭です。
背中右に一枚白い羽があります。
サイズはスズメ大です。
名前はごましおです。
人の声に反応する、手ノリです。
逃がしてしまった場所は×××二丁目です。
見つけてくださった方にはお礼させていただきますので、
最寄りの交番か×××−××××-××××まで、
もしくはbuncho_sos@××××××.co.jpまでご連絡ください。
お願いします。
 
 
 
 僕は張り紙の前で立ち止まって全部読んだ。こんな張り紙をじっくり全部読むのは散歩中のじいさんとか、よほど暇なやつだけで、僕は今よほど暇なやつだった。これが新築分譲の張り紙でも同じように読んだかもしれない。これが「新築分譲」じゃなく「鳥をさがしています」だったのはたまたまのことで、「鳥をさがしています」だから読んだのではない。たまたま読んだら「鳥をさがしています」だっただけのことだ。読んだからって鳥を探す気もないし、そもそも見つかるわけがない。僕は鳥に詳しくないから、文鳥を見て「あ、文鳥だ」とは思わない。「あ、鳥だ」と思うだけだ。もし奇跡的に「文鳥だ」と思って手を伸ばしたとしても、鳥なんて捕まえられるはずもない。
鳥は見つからない。鳥は捕まらない。鳥は戻ってこない。
 
 張り紙はあっちこっちの電信柱に貼ってあった。それを見つけるたびに「見つかりっこないよ。」とか「見つかるわけないって。」「無理だって。」なんて声に出さずにつぶやいていたら、いつの間にか僕は世界で一番冷たい人間になったのだという気がしてきた。お父さんお母さんに申し訳がないけれど、こうなってしまったのはもう仕方のないことで、きっと誰のせいでもない。
 
 
 
 ウーウーウーウーサイレンが鳴っている。さっきよりだいぶ近い。月はまだでかい。でかいサミットの看板よりでかくて、ちょっとだけ高い。月はこれより上に上がるのだろうか。下に下がるのだろうか。僕は世界で一番冷たい人間だから、月が上がろうが下がろうがどっちでもいいと思ってやることにした。
 
 

UFO

 朝、駅までのいつも通りの道のりをいつも通りに歩いていると、空からすごい速さでUFOが現れて、目の前を歩いている人をさらって、またすごい速さで飛んで行った。
 私はびっくりして、腰をぬかして慌てふためくべきだったのだけど、その時私はちょうどぼーっとしている最中で、目と頭の焦点が視線の奥行き方向にたぶん20センチくらい離れていて、本当の焦点があるはずの部分とそのずれた焦点との2つの間のぼんやりとした風景を眺めているところだったので、「UFO」と今とりあえず言ってみたそれは結局のところ、どんな形だったのかも何色だったのかも良くわからないものが空というか、ぼんやりとしたカラフルな視界の上の方から降ってきて下の方で何やら揺れ動いてまた上の方に流れて行ったような、上から大きくUの字を描いてふわふわぼんやりと漂って消えて行ったということだった。頭の回転もちょうど2周くらい遅れていた時だったので、そのUFOみたいなものがぼんやりとUの字を描いて消えて、次にぼんやりとしたミジンコみたいなものが視界の左の方に見え始めた頃になってUの字に何かが流れたなと気がついたほどだった。怠け者の私の目と違って私の耳は、前を歩いていた男の必死の叫び声を、iPhoneがシャッフルでこの時演奏していた難聴になる程の音量のビーチ・ボーイズの軽快な音楽をかき鳴らす純正イヤホン越しにリアルタイムにうっすらと聞いた。だから私はこんなぼんやりとした状況でいても、今大変なことが起こったということは耳の情報から瞬時に感じ取ったはずなのだが、何かが起こったことを知っただけであって、ビーチ・ボーイズの英語だから何を言っているかわからないけどあんま考えちゃダメだよ、楽しけれりゃいいじゃん。楽しいことだけしていこうよという私の勝手なイメージはこの場の状況判断の必要性を波乗りのように軽々と乗り越え、イヤホンを外すことさえせず、つまりは何も起きなかったのと変わりなく、だから私は相変わらず今そのままの足取りで、いつも通りの道のりをいつも通りに歩いている。