KATOU ICHIKOU

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金曜の朝にあんたそれなに吸ってんの?とおばちゃんが問う

 赤坂見附の駅を大通り側に出て右へ進むと、ガラス壁で囲まれた喫煙所がある。朝電車から降りて会社に行く前と、夜会社が終わって電車に乗る前に、一本ずつ【タバコ】を吸うのが、日課というような大したものではないけど、なんとなく習慣になっていて、その時は金曜日の朝電車を降りてそのいつもの喫煙所で【タバコ】、アイコスだからこれは純粋に【タバコ】とは言わないのかもしれないけど、一応電子【タバコ】と銘打っているのだからとりあえずのところは【タバコ】でいいんじゃないかと思う、にスイッチを入れた。
 
 それなに吸ってんの?
 
 イヤホンの菊地成孔のジャズ越しに、隣で【タバコ】を吸っているおばちゃんがそう僕に聞いた。
 
 ねぇあんた、それなに吸ってんの?
 
 おばちゃんは今が朝とは思えないほど、濃厚に夜っぽかった。夜の、小さなスナックのカウンターの向こうから肘をつきながら話しかけてくるような。細身のジーンズに細身の派手目なシャツ、細身の眉毛、派手目な化粧でバチっとした目つき。今時珍しくヒッピー感があった。スラッと背も高く、背筋も伸びいて、年相応でありながらもかっこいいなと僕は思った。髪型は、また今時珍しいおばちゃんパーマだった。それもかっこいいなと思った。
 
 みんなそれ持ってるけど、それなに吸ってんの?
 
 イヤホンを外しながら、アイコスって言うんですよこれ。と教えてあげた。【タバコ】じゃないの?とか、いくらなの?とか、どこで売ってんの?とかいくつかのやりとりを、初めて会った人同士のわりにはすごく自然に交わして、おばちゃんは「ふーん。私の田舎には、ないわね」と言って、音も立てずに真っ白い煙を燻らせた。
 
 アイコスね。アイコス。愛子、吸うって覚えればいいわね。
 
 おばちゃんが吸っている【タバコ】は、もうずっと昔、僕が高校の時に憧れてマネした、大人で、悪くて、かっこいい【タバコ】だった。それか【タバコ】の《イメージ》だった。そんなかっこいい【タバコ】の《イメージ》を持たせる人はそうそういない。そんな《イメージ》はもはやノスタルジーの世界にしか存在しない。
 
 僕は【タバコ】をやめて今アイコスを吸っているけど、近い将来それもやめることになるだろう。もう僕にすべてのタバコをやめない理由はないのだから。