KATOUICHIKOU

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クウキトメトロ 2

 周りの人が降りていく様子はない。だからこのまま地下鉄が動かないということはないのだろうと思う。少し前に乗務員のアナウンスが車内に流れたことを、今にしてみれば、そういえば流れたかもしれない、というくらいに覚えている。それは当然、今なぜ地下鉄が動いてないのかを説明したはずなのだけど、独り言みたいにボソボソと呟かれただけで、僕はぼーっとしていたし、それを情報として摂取することができなかった。真剣に聞こうと思えばあるいは聞き取れたのかもしれない。でも、真剣に聞かなきゃ聞き取れないアナウンスなんて間違っていると思うから、聞き取れないことが当たり前であって、それは僕のせいではない。こんなアナウンスではきっと、ほとんどの人が聞き取れなかったのではないだろうか。もしかするとこの地下鉄はしばらく動かないとか、動く見通しすらついていないとかなのかもしれないけど、誰もこのアナウンスを聞き取ることができなかったから、みんながみんな周りの様子を探り合って、とりあえずそのまま居座っているだけなのかもしれない、なんてことを考えてみたりするけど、真剣にそう思っているわけではもちろんなくて、ただ頭の中が暇だっただけで、それに実際のところは、経験として、そんなことはまずない。僕はそれをとても不思議なことだと思う。

 ほんのわずかに、この車両は窓に向かって立っている僕の正面の方に沈み込むように、斜めに傾いていると、僕には感じられる。だから僕はもうちょっと後ろの方に体重をかけて、前後のバランスを取りたいと思うのだけど、横の人も、たぶん後ろの人もみんなまっすぐに立っているから、それにつられるようにして僕もまっすぐに立っている。後ろに体重をかけられない分、つり革につかまりながらも、気持ち程度ではあるけど足の指に力を入れて、踏ん張っているような格好になっている。周りの人もみんな踏ん張っているのだろうか。車両は、本当は傾いてなんかいないのかもしれない。いないのだと思う。もし僕がこの足の指の力を抜いたら、本当は傾いていないのだとしても、前に倒れるのだろうか。

 僕がつかんでいるつり革の形は三角で、それに特に違和感はないけど、でも僕はつり革は丸だったような気も少ししている。

 地下鉄は動いている時の方が、停まっている時よりも楽だと思う。動いていれば揺れに合わせて体をずらしたり、足の置き場を変えたりすることができるのに、停まっている車内では、体を動かすこと自体が周りの人の迷惑になっているような気がして、よっぽどでなければそんなことはないはずなのだけど、遠慮してしまう。僕の背中に密着している人もぜんぜん動かない。どうせ密着するなら女性がいいなと思う。思っても、わざわざ振り向いて確認したりはしない。