KATOUICHIKOU

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クウキトメトロ 3

 この地下鉄と並んで隣の線路には、逆方向か、それか違うどこかへ向かう地下鉄が同じように停まったままになっている。僕の目の前の窓ガラス越しに向こうの車両の中が見えている。黄色っぽい蛍光灯の灯りが灯っている。こっちの地下鉄の灯りは黄色っぽくはない。向こうの車両は混んでいない。どこに向かうのだとしても、この時間にすいている地下鉄があるということに、僕は驚くという程でもないけど、少し、意外に思う。シートもまばらに空いている。ドアの脇とか、その辺りには立っている人もいて、その人たちは座れないのではなく、座らないのだなとか、僕なら座るのになとか、思う。僕は立っているその人たちを視界の端っこでぼんやりと見ている。視界の真ん中には、向こうの地下鉄のシートの、僕の正面より気持ち程度右側で、ちょうど僕と向かい合うように、こっち向きに座っている女の人がいて、その人と僕はさっきから、ずっと目が合っている。女の人は目を逸らさないし、僕も目を逸らさない。

 いつから目が合っていたのかはよく覚えていない。僕はずっとぼーっとしていたし、気がついたらこうやって目が合っていた。何を見るでもなしに、ただ視線を置いていた先に地下鉄が入って来て、たまたまお互いの視線が合うところで停まったというような、そんなとこなのだろうと思う。今僕とあの人の目が合っていることに、特別な理由は何もない。だからというわけではないけど、僕の表情は今もぼーっとしていた時のままで、口だってだらしなく開いている。でも僕はマスクをしているから、あの人にはそれが見えない。僕の吐いた息がマスクの中で熱と蒸気を溜め込んでいる。息を吐くたびにメガネの下の方が曇る。ドアが閉まって地下鉄が動き出せば、湿度が安定して、メガネは曇らなくなる。今はまだドアが開いているから、メガネが曇る。ここと向こうでは距離があるから、あの人にはそれが、たぶん見えない。ただ僕に見えている視界の端っこが一定のリズムで少し曇るというだけで、それだけのことなのに、できるだけ曇らないように呼吸を抑えてしまって、意識しないようにと思っても自然とそうしてしまって、息苦しい。

 誰も声を出さない。話し声すら聞こえない。みんな僕と同じように一人でここにいるのかもしれない。一人じゃなくてもここでは話さないのかもしれない。今この車内ではそういう雰囲気になっているのかもしれない。誰かの鼻をすする音が聞こえる。その音はレコードに針を落とす時の、ザザっていう、あの音のように聞こえる。僕が鼻をすすっても、そういう音は鳴らない。誰かの足が僕の革靴に軽く、コツンとぶつかって、声になっていない、空気の小さい塊のようなものが浮かんできて、僕はそれが「スイマセン」なのだと、なんとなくわかる。